議論で相手を論破できる人に憧れます。私は気が弱く、相手に強く言われると萎縮してしまい、いつも自分の言いたいことが言えずモヤモヤします。かと言って、相手を論破できるほどの口達者でもありません。何か良い対策などはありませんでしょうか。
「黙る」のが良いです。
まずそもそも、論破ってあんまりしないほうがいいと思うんですよ。
と言うのも、たとえばあなたの主張が100%の正論で、相手を議論で完全に打ちのめす事が出来たところで、何も良いことないんですよ。
自分が逆の立場だったらよくわかると思うんですけど、論破された時って、だからといって別に自分の意見変えないじゃないですか。それどころかプライドを傷つけられたことによって、より一層反発心を強めると思うんですよね。
むしろ意固地になって、たとえ頭では自分の主張が間違っていて、相手の主張が100%正論で正しいと分かっていても、もはや譲れない気持ちが沸き起こるじゃないですか。そして何とか自分の意見を正当化させようと、相手を非難し始める。もうそうなったら最悪で、状況は悪化する一方ですよね。
悔しさもありますから、仮に相手の主張が通ってそのやり方で何かを進める事になったとしても、手伝う気とか起こりません。
て事は議論で勝ったところで何も得しないんです。相手から嫌われて協力者を1人失ってしまうだけなんですよね。
デール・カーネギーの『人を動かす』にもこのように書かれています。
議論に勝つ最善の方法は、この世にただ一つしかないという結論に達した。
その方法とは、議論を避ける事だった。毒蛇や地震を避けるように議論を避けるのだ。議論は、ほとんど例外なく、双方に、自説をますます正しいと確信させて終わるものだ。
議論に勝つことは不可能だ。もし負ければ負けたのだし、たとえ勝ったにしても、やはり負けているのだ。
なぜかと言えば、仮に相手を徹底的にやっつけたとして、その結果はどうなる?やっつけた方は大いに気をよくするだろうが、やっつけられた方は劣等感を持ち、自尊心を傷つけられ、憤慨するだろう。「議論に負けても、その人の意見は変わらない」(p152)
人を動かす
ではどうするかと言うと、何もしないんですよ。
ただ、ひたすら相手の主張を聞いてあげる。言いたいことを全て話させてあげるんです。しかもその上で相手の主張の全てに賛成の態度を見せる。
そして、何もかも全て100%相手の主張通りに進めますって方向に持っていくのです。
するとどうですか?
困りますよね。
なぜなら、もしそれがうまくいかなかった時、100%自分に責任がある状況になってしまうから。
所詮議論なんて、机上の空論に過ぎないわけで、全てが計算通り行くなんてことはまずありえないんですよ。
もちろん主張している側もそれはわかっているので、全て自分の言った通りに何もかもを動かされるのは困るわけですね。すべての責任を引き受けるのは嫌ですからね。誰でも。
では、そういった心境の人間が、次はどういった態度をとるか。
相手の意見を聞くはずですよね。
分散させたいですからね、責任を。それからやっと自分の意見を主張をすればいいと思うんですよ。
まずは賛成の態度を示す。
賛成されては議論の余地はなくなり、相手は満足します。すると「褒めてくれたのだから自分も褒めてあげよう」と言う気持ちが働き、次はこちらの主張に賛成出来る点を探そうとしてくれるんです。
そして、こちらの良いところを語るうちに、次第にそれが本当に良く思えてくる。そういうもんなんです。
議論に限らず、例えば、自分のことをべた褒めしてくれた人に対して「いやいや〜そんなことないよお前だってさ〜」みたいな感じで、相手のことを褒めようとしますよね。照れ隠しというか。褒めてくれたお礼に相手のことも褒めたいって言う気持ちが働くじゃないですか。
この感情は議論においても、やっぱり働くものだと思うんですよ。
賛成や理解や褒めてもらえることは、誰でも嬉しいものです。先にそれを与えることによって、相手からお返しをもらう。返報性の法則ですね。
しかも、あなたの主張を受け入れることで自分に降りかかる責任も分散できますからね。リスクは取りたくない。
かなりの確率で自分の主張を通すことができます。
しかもこれは議論を戦わせているわけではなくて、お互いが譲り合っているわけですからね。関係が悪くなることもないと思いますよ。
もちろん、相手の主張で本当に良いと思う部分は取り入れる。そうすることで、その後の進行も、お互いにとって気持ちの良いものになるじゃないかなぁと思いますね。
議論は負けたフリをするんです。
コミュニケーションにおいて「負けたフリ」と言うのは最強のテクニックですよ。
負けたフリをしてあげることによって、相手は満足感を感じ、防御の姿勢を崩すんです。そうなると、自分の意見も聞いてもらいやすくなりますから。
とにかく、相手の主張を全て黙って聞いてあげる。これが議論にかつ最も有効な手段だと僕は思っています。
打ち負かすのではなく、責任感の重圧を相手に気付かせて自分で撤回させるって感じですね。
後は、質問をするっていうのも有効な手段です。
相手の主張に対して「そう考える理由」を質問するんです。つまり「なぜ」を投げかけるんです。
「なぜ」って魔法の言葉なんですよね。どんな内容にでも使うことができて、どんな主張に対してでも正しく疑問を投げかけることができるんです。
「なぜ」の問答を繰り返して行き着く先は哲学なんですよ。必ず相手は最終的に答えられなくなるんですね。
小さい子供って何に対しても「なぜ」って聞くじゃないですか。いわゆる「なぜなぜ期」と言われてるやつなんですけど。「なぜ鳥は空を飛ぶの?」なんて聞かれた日にゃ。
「なんでも!」
「今忙しいの!」
「そう言うもんやの!」
必ずそこに行き着くんです。
めちゃ困りますよね。
答えられないから。
その戦法を使うんですよ。
正しく論理的に答えられないと言う事は、その主張はもはや筋が通っていないと言う事になるわけです。
つまり、こちらが質問したことに答えられない状態に持っていって、相手の論理に穴があることを自分で気づかせるんです。
やはり先ほどの責任感の重圧と同じで、相手に自分で気づかせる事が大切なんですよね。
ただ、質問をする時も「なぜ」とだけ投げかけては、反感を買う恐れがあるので、ここでも、やはり負けたフリが有効になってきます。
「あなたの主張が正しいと思います」
「その上で、なぜ自分は間違ってしまったのかを考えたいから、理由を教えてください」
このニュアンスでの「なぜ」を投げかけるのがいいんじゃないかなと思います。
いずれにせよ、相手の主張を全て受け入れると言うことには変わりありません。論破はいかなる場合もNG。
すべての責任が自分に降りかかってしまうことを気づかせる。もしくは自分の論理に穴があることに気づかせる。そうすれば議論をすることなく、自分の意見を通しやすくなる。
という回答でした。
ぜひお試しください。
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人を動かす

人を動かす唯一の方法は、その人の好むものを問題にし、それを手に入れる方法を教えてやることだ。例えば自分の息子にタバコを吸わせたくないと思えば、説教はいけない。自分の希望を述べることもいけない。タバコを吸うものは野球選手になりたくてもなれず、100メートル競争に勝ちたくても勝てないということを説明してやるのだ。(p50)
もう何十回も通読している僕の『墓場まで持っていく本リスト』のうちの1冊です。
ほぼ全ページがドッグイア(角を折るやつ)状態。
誰にでも付き纏う人間関係の問題を、いかにしてマイルドに解決させるか。あなたが抱える悩みにも、必ず解決のいとぐちが掴めます。
断言します。必読書です。